形のない足跡

七辻雨鷹(ナナツジウタカ)。マイペースで子供っぽい人のまた別のお話。「ようこそ、カオスへ。」

リカ

筑波大学文芸部アドベントカレンダー2021/12/16寄稿作品です。

少しも筑波大学の人間ではないのですが、

参加できる方
・現部員
・元部員
・OB・OG
筑波大学文芸部に友人がおり製本や校正を手伝わされている方
筑波大学文芸部の人間の作品を読んだ方
など
自分は筑波大学文芸部関係者だと思っている方は誰でも参加できます。

とのことでしたので、参加いたします。文フリで手に取って以来神乃さんのファンなので。

カニのやりとりをしてくださる神乃さんはこちら→https://twitter.com/kanno__no

そんな神乃さんのお好きなテーマが「ココアシガレットキス」だと伺ったので、「ココアシガレットキス」がテーマの作品を書きました。普段、酒とタバコとセックスは禁じ手にしていますが、今回はお許しください。セックスして朝になって机の上のぬるいストゼロを飲み干してタバコ吸ってエモ……みたいなやつじゃないのでよし

 

 

 

 3月の頭に早々と高校を追い出されて、わたしはその後に合格発表、リカに至っては試験日と被って卒業式に出られないという始末だった。最後にもう一度制服を着て、学校を見下ろせる公園の丘で卒業式をしようと言ったのはわたしだった。

 運動部が活動していないだけで公園は随分静かだ。希望の象徴のように咲いては散った桜。1時間目を切ってぼんやり漕いでいたブランコ。課題と必死に格闘した斜面の傾いたベンチ。そして、タバコを吸っていたトイレの裏の植え込み。

「明日には、もうここにはいなくて、全部お別れで、要らなくなったね。」

そう言ってリカは学生鞄の底から潰れたタバコの箱を取り出した。ビニールフィルムごとぐちゃぐちゃになった箱を紙袋に入れる。わたしも、随分お世話になった電子タバコのリキッドを紙袋に入れた。これを帰りに駅のゴミ箱に捨てる。もう卒業だから要らないのだ。

 金髪で問題児だったわたしが喫煙的行為を始めたのがリカの影響だったなんて、誰も思わないだろう。中学は散々内申で脅されたから、高校に入ってすぐに髪を染めた。両親が離婚したとか、第一志望じゃなかったとか、理由ならいくらでも用意できた。ちょっと成績が良いだけで近づいて来る中学の教師よりも、家庭の事情だとか成績日数だとかを気にかけてくれる高校の教師の方が信頼できた。

 リカは校則を守って勉強も部活も熱心で、模範的で、側から見ればわたしとは真逆だったはずだ。でも、わかるのだ。高校で変わらないままだったとしたら、わたしはリカだったのだ。

「もう、こんなところでいい子じゃなくて良いもんね」

紙袋の口を2、3回折って、ぐしゃぐしゃに握りつぶしてポケットに詰め込んだ。西日が眩しい。

 


 一年の2学期、確かその日はクリスマスイブで、終業式の後の追試はなかなかサイアクな予定だったと記憶している。帰りたくなくて公園を隅々まで歩いていたとき、少しタバコの匂いがした。喫煙所とは別の方向だったから何となく振り返った。同じクラスで確か成績は学年トップでの山部リカが植え込みにしゃがみ込んでいる。……リカは地面に置いたタバコを燃やして手を合わせていた。

「なにしてんの?」

「別に」

「タバコの葬式?」

「葬式じゃないけど……狼煙。死んだじいちゃんへの」

リカはスカートの裾を払って立ち上がった。

「おじいちゃん、タバコが好きだったの?」

「まあね。全然知らない土地からの煙でも、好きなタバコだったらきっと気づいてくれるから。……あの、言わないでね?」

リカの目つきが俄かに鋭くなる。大人に睨まれるのは平気なのに、このときは少し緊張が走った。

 わたしは二つ返事で了承して、理由が欲しくて電子タバコを始めた。ニコチンは入っていないが、水蒸気で狼煙に加勢出来る気がした。もちろん、それは気のせいで、どちらも瞬く間に空気中に拡散してしまうのだが。

 


斜面の傾いたベンチに座ってわたしたちは西日に背を向けた。

 「あのさ、リカ、合格おめでとう。全部落ちてそこだけ合格するとか、結構リスキーなことやるよね。」

「まあね。あの人たち、勝手に色々受けさせるんだもん。じいちゃんに放り投げておきながら今更あれこれ言われても、さあ。」

高校の教師陣は一様に驚いたはずだ。学年トップクラスの秀才が全部不合格で帰ってくるなんて。実際、卒業式前に教員室を通りかかったときも騒然としていた。

「でもこれでやりたいことできるし。じいちゃんとこも墓参りできるし。久々に東京近辺に戻れるし。」

リカはカバンの底をガサガサと漁って小さな箱を取り出した。タバコか?! と身構えたわたしをリカは笑う。

「いや、もう必要ないでしょ。健全に、あの頃へ戻ろうぜ」

手に握られていたのは紺色の箱、ココアシガレットだった。最後に食べたのは小学校の遠足だったか。こんなに小さな箱だったか。

「懐かしい。でも、少しだけ大人になってみない? ほら、シガレットキスってやつ」

「去年一緒に見た映画の内容まだ引きずってるの?」

「だめ?」

「いいよ」

少しくすぐったい気持ちでココアシガレットを咥える。慌てるほどではないが、あまりのんびりしていると咥えたところが溶けて噛み砕いてしまいそうだ。

 滑らかに硬い端がコツン、と当たる。

 火が染みるような柔らかさはなくて、ココアシガレットキスは乾杯に似ていた。明日にはいなくなるリカに祝福を思わずにはいられない。それなのに、未来の話をしようとすると胸で、喉でわだかまって言葉にならない。ココアシガレットを噛み砕けないでいる時間がリカとの距離と比例していく。

 わたしは咥えていたココアシガレットを口から離した。

「あのね、わたしね、通信で東京の大学に行くの。今すぐには無理だけど、来年から、いや、秋からスクーリングがあるから、リカのところに行くよ。会おうね。」

リカはココアシガレットを噛み砕いてニカっと笑った。西日が逆光になっていて、やはり眩しかった。

「わかった。約束だよ?」

 


わたしはココアシガレットを買って会いに行こうと心に決めた。リカがもし変わってしまっても、今日のことを思い出してくれるように。

リカは、いい子の仮面を捨てて、きっとすぐに変わってしまうだろう。わたしの憧れではなく、掃いて捨てるほどどこにでもいるような大学生になってしまうかもしれない。もともと東京に住んでいたのだから、きっとすぐに慣れていく。

 叶うなら、リカの住む先の、コンビニやスーパーや商店街にココアシガレットがありますように。その度にわたしを思い出しますように。

2/2~4 #道連れギャラリー に参加します

 

それでも世界が続くなら というバンドのライブ期間中、吉祥寺のライブハウスで、小説とラジオドラマの展示、物販をします。

 

……告知が苦手すぎる。

 

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‪それでも世界が続くなら主催‬
‪「道連れギャラリー合同展」‬
 
‪2月2日〜2月4日‬
‪東京・吉祥寺Planet K‬
 
‪<出展>‬
‪目黒しおり(絵)
tokumei-kibou(小説/詩)
飯島 春子(写真)
糸(詩)
加藤未来(絵)
尾崎千夏(写真)
千本松 沙樹(イラスト)
廣末春佳(写真)
ばぶこすり(小説/イラスト)
七辻雨鷹(w/雨乃夜々子/夜帳黎)
はる(文章/絵)
緑茶狐(漫画)
わたぬき(イラスト)
INQIALAYEDAR(イラスト)
前田 回向(写真)
今崎ソラ(詩)
時雨(油絵)
 

 

ライブの詳細はこちら↓

http://www.soredemosekaigatsudukunara.com/live.html

 

今回は夜ちゃん(雨乃夜々子 https://twitter.com/ameno_yoruko)と黎さん(夜帳黎 https://twitter.com/5DawnFullmoon)に声をかけて、絵とラジオドラマが実現しました。

夜ちゃんは綺麗でかっこいい絵を描く人で、ほぼリア友、黎さんは中学以来の友人で、かなりの類友です。

 

物販では過去の個人誌の他、この日のために冊子を用意します。表紙は鍵くん(鍵(かぎ) https://twitter.com/kagiaki11)が今なんとかしてくれています。

 

……怒涛の印刷・製本作業頑張ります。

 

見に来られなかった人にも後日別の方法で手に取ってもらえたら。

 

 

それでも世界が続くならに出会ったのは中学3年生の時。ラジオから流れてきた水色の反撃を聞いてからここまでずっと、生きることに寄り添ってくれている音楽で、人生を変えた音楽です。今生きているのは、自分がこういう人間でいるのはそれせかが居たからです。良かったら彼らの音楽を聴いてください。

 

おそらく3日間在廊(?)しています、声を掛けてくれた人には名刺渡します。

ウォーキングドリンカー

 キッチンドリンカーになったのはいつからだったか。祖母はキッチンドリンカーだった。台所で夕食を作りながら、風呂上がりの火照った頬の内側にアサヒスーパードライを流し込んでいた。いつからか、私も台所に立って、ジンジャーエールの缶を持っていた。

 缶チューハイを飲みながら道端を歩く人を目にするようになったのは、帰りが遅くなった中学生くらいだったろうか。最近はストロングゼロを飲む人が増えた気がする。

 買い物の帰り道、すっかり日の暮れた国道沿いを安い缶のジンジャーエールの片手に歩きながらそんなことを考える。


 中学生の頃、ほんの5年ほど前は、自分の存在の脆さに揺れていることにさえ目を逸らしていた。自分のような、壊れそうな優等生より、歩きながら飲んでいるような大人の方が強いと思った。


 5年間で、色々なことがあり、この半年ほどで大きく舵を切って、生活も、人生の方向性も大きく変わった。大学には進学せず、今は一人暮らしをしている。

 手提げ袋の重さにふらつきながら、街灯と街灯の間を確かに歩く。ジンジャーエールの缶をぐいと持ち上げると、液体が喉の奥で跳ね返って炭酸が弾けた。嘆息にも似た吐息に、甘味料の風味が残る。生きていく上で不必要な限界をいくつも抱えて、それでも、また明日からもやっていこう、と自分を慰めて歩いている。

 缶の中身がアルコールでなくても、成人していなくても、私は確かに、お前の憧れた大人になっているよ。


 私はふとゴミ捨て場の掲示を目にして、ああ、資源ごみの日は今日だったな、とあと1週間部屋に残されるジンジャーエールの缶のことを思った。

夜の底に深く沈む

文学部OB誌「紙+ペン=可能性」に寄稿した作品です。

BURNOUT SYNDROMESの「i am a HERO」

BURNOUT SYNDROMES ~i am a HERO~ - YouTube

から着想し、歌詞を一部引用しました(改行して下げている部分)。

 

 

 目を開けるともう夜だった。遠くから国道を走る車の音が聞こえる。あまり交通量が多くないように思えるということはもうかなり遅い時間なのだろう。私は枕元に置いた目覚まし時計を掴んだ。開けっ放しのカーテンの隙間から差し込む街灯の光に当てる。   23:38:12  私は無機質なデジタル数字の点滅を数回眺めて元の場所に置いた。腕で光を遮って目を瞑る。

 

  生憎と私は貴方のヒロインじゃあなかったよ、ヒーロー。

 

 初夏の日差しは木々に新緑の炎を灯していた。  100m走を走り抜けてクラス席に戻ってきた貴方に、私は先ほど自販機で買ってきたばかりのスポーツドリンクを突き出す。ありがとう、と短く答えて貴方はすぐにキャップを外して喉を鳴らした。ペットボトルの中の半透明の液体が陽光に照らされながら揺れていた。 「ただ今の各級団の順位を発表します‪──一位、青級。」 周囲からわあっと歓声が上がる。太陽に背を向け、彼は私の方を見てにやりと笑った。 「逆転とはやるね、流石だよ、ヒーロー。」 「まあな。俺はこれしかできない代わりに、これだけはやってやろうと思ってさ。」 そうなんだ、と返したきり言葉が尽きる。私は貴方がタオルで汗を拭うのを黙って見ていた。声援が咲き溢れたグラウンドのここにだけ空白がある。 「これ、ありがとな。助かった。」 まだ中身の半分残ったペットボトルを見せて、貴方は空白に私を残したまま喧騒に身を消した。

 まだ疲れの残る体を起こして部屋を見渡す。窓から入る街灯の光が色褪せてモノクロになった部屋の中を照らしている。酷く喉が渇いていた。冷蔵庫の中に欲しい物は無かったはずだ。既に条例では補導対象になる時間だが、コンビニに出掛けよう。私は薄手のパーカーを羽織り、小銭入れをポケットに押し込むと、家族を起こさないように外に出た。

 月の無い夜だ。街は夜の底に沈んでいる。街灯の灯りを繋ぐように五分ほど歩くと、コンビニの看板が煌々と点いているのが見えた。入り口付近にたむろする不適切な青少年(ヤンキー)を脳内で殺して店内に入る。昼間にグラウンドで聴いた曲が流れていた。少し前まで興味の無かった流行の音楽が今は少しだけ染みる。  貴方に渡したのと同じスポーツドリンクが目に付く。貴方の笑顔が脳裏に浮かぶ。あれは確かに私だけに向けられたものだった。  けれど、それを思い出したところでもう仕方が無いのだ。  わたしはホットコーヒーを掴んでレジへ向かった。淡々と会計を済ませ、レシートの数字に目をやったところで思考は内面に戻る。  明日から何を考えて生きていこうか。   生きている理由は?   死にたくないから。

 片付けを終えて、生徒の多くは下校していた。私は部活の仲間と明日の予定を話して少し遅い時間に教室へ荷物を取りに向かった。誰もいないと思っていた教室から声がしてわたしは立ち止まる。

貴方の声と、それから少し遅れて、クラスメイトのあの子の小さな声。  聴いてはいけないとその場を離れる前に、その会話は私に突き刺さった。貴方が私ではなくあの子を選んだことは確かだった。

 まあ、仕方ないよね。

 不安定に揺れる気持ちをそんな言葉で抑え込んで廊下の突き当たりのトイレに逃げ込んだ。個室の鍵を閉める。換気扇の音が煩い。こんな気持ちはわからない。人感センサー式の照明が消えるまで、いや、消えてからもしばらく私はそこにいた。

 打ち上げに行かない連絡をして、下校を促す放送の後に荷物を取りに行った。今度こそ教室には誰もいなかった。

 足早に家路を急ぐ。あの空白が私の周りにだけいつまでも存在していた。

 

 

 熱いコーヒーでわずかに喉を潤し、妙に冷えた指先を温めながら家へ帰る。来た道をただ戻る。

 

  明日になれば何かが変わる。

  そんな予感がしていた。

 

  スマートフォンに祈る。

  パスワード下四桁は変えないまま、貴方を忘れよう。

 

四月十二日。初めて貴方と話した日を、私は何度もまじないのように入力していた。それももう意味はない。

 もう終わったことなのだから、明日からはまた何もなかったかのように生きていかねばならない。明日になれば、今日だったものは勝手に終わって、過去になっていくのだ。私は玄関のドアを静かに開けた。家族は誰も気づいていないらしい。

 自室の戸を開け、手探りで壁にあるスイッチを押して照明を点けた。コーヒーを机の上に置いてベッドに横になる。枕元の目覚まし時計を手に取る。

23:59:57

23:59:58

23:59:59

 

00:00:00

 

 私は目を閉じた。そして瞼の裏の深い闇の底に身を沈めた。

 

 

 再び目が覚めたとき、目覚まし時計は三時過ぎを表示していた。

 先ほど目が覚めた時と気分は然程変わらなかった。部屋は相変わらずモノクロのままで、思い出すのは昼間のことばかりだ。日付が変わるだけで、全部過去になって終わっていくなんて、そんなことはあるはずもないのに、なぜ考えていたのだろう。

 簡単に終わって忘れられるはずなんてなかった。

 机の上のコーヒーを手に取って網戸を開ける。街は先ほどにも増して静まり返っていた。

 

  コーヒーは冷めた。

  一口で棄てよう。

 

  そのあとで泣こう。

 

 窓辺に乗り出して遠くの空港で飛行機の灯りが点滅にしながら遠ざかるのを目で追う。私が選ばれることは無いとどこかではわかっていた。

 何をしても、誰といても、浮くことがない、居て当たり前の存在である代わりに、誰も私を特別に思うことは無い。大体誰とでも話せるし、大体のことは人並みにできる。ずっとそうだ。私には特筆すべきことが何もないのかもしれない。

 

  一、二、三で私は風景。

  産まれた瞬間から

  死ぬまで脇役。

 

  だけど。

  あのね?

 

  本当は今も

  発癌性の夢を見ている。

 

 いつだって諦める理由なんか幾らでもある。けれど、全部が全部、理由があれば諦められるようなものではない。だから私は少しだけ夢を見ていた。叶わないものばかり追っていたら、いつか身を滅ぼしてしまう。そんな発癌性の夢を見ている。

 カフェインが今更聞いてきたのか、今夜はもう眠れそうにない。明日は遅刻しようと決めて、私は冷めたコーヒーを一口飲んだ。

私が死ぬ時が来たら

個人誌2冊目「かなしみの速度」より

私が死ぬ時が来たら

 

私が死ぬ時が来たら
あなたにはさよならを言わない
さよならのかわりに 風に託けて
本当の理由を教えよう

私が死ぬ時が来たら
あなたにはさよならを言わない
さよならのかわりに あなたの幸せを祈って
エンドロールにあなたの名前を探す

私が死ぬ時が来ても
あなたにはさよならを言わない
あなたの顔を見たら
あなたと言葉を交わしたら
きっと寂しくなってしまうから

私が死ぬ時が来たら
あなたにはさよならを言わない
だからどうか笑ってください
こんな私の人生もハッピーエンドになるように

ターミナル(小説)

 壁一面に本棚が並んだ小さな部屋でわたしは目を覚ました。
 ここはどこなのだろう。膝を抱えて辺りを見渡す。積み上げられた本にはギターが立てかけてあり、ところどころ雪崩が起きている。その間に、空になった薬のシートがいくつも転がっていた。
 わたしは今まで何をしていたのだろうか。ふと考えて気づく。思い出されるはずの記憶が無い。わたしは、わたしは誰なのだろう。考えてもわからない。
 まだぼんやりとした頭で膝立ちになり、わたしは本の雪崩の中から一冊のノートを拾った。深緑の無地のノートには「作詞ノート」と書いてある。思考を放棄したわたしは中身を読むことにした。
 散り散りの言葉がやっとつなぎ合わされたような詞ばかりだった。言いたいことを幾重もの比喩で隠したようなもどかしさを感じる。退屈したわたしはページをぱらぱらとめくり、最後のページに目をやった。

「頑張りなさい」「やればできる」
背中を押す声 ここは崖っぷち

上手く歩けなくて 世界が回って
膝を抱えていたら 遠心力に弾き出された
世界の中心には誰もいないくせに
こんな歌を歌ったら少しは笑えるかと思ったの
笑いごとになるかと思ったの

どうしたら良かったの
最初で最後のSOS 聞こえて
「自業自得だ」「過去にすがるな」
追い立てられて 一人は独りになる

走り出す人々を 見送るだけの今日が終わればいいのに

上手く歩けなくて 世界が回って
膝を抱えていたら 遠心力に弾き出された
世界の中心には誰もいられないから
こんな歌ももう終わり
世界の縁(ふち)の小さな出来事


 読むうちに目の前が滲んで文字が見えなくなり
そうになった。この人はまるで自分と同じだ。手を差し伸べられたらいいのに。
 脳裏で何かがほどけた。
 そうだ、これはわたしが書いたのだ。
 わたしは記憶の海に投げ出される。

 高校3年生。皆がそれぞれの道を選ぶ中で、わたしは取り残されていた。毎日をこなしていくのに精一杯で未来のことなど考えられない。日々を食べ尽くしていくうちにいつしか周りを追いかけるエネルギーは消えていた。動けなかった。
 わたしは必死で叫んだ、どうしたらいいと必死で。けれど、いつも返ってくる言葉は同じ。
「頑張りなさい。」「自業自得だ。」
 本当はそんな言葉で終わらせてほしくなった。終わったことにしてほしくなかった。先生や親の諦めたような視線が焼き付いている。
 もうどうにもならないのだと自室に籠り、大好きなギターを手にして曲を作ろうとした。けれど、気持ちに余裕がない状態で浮かぶメロディは無い。「もう全部忘れたい。」と、わたしは自分の感情を歌詞として書きなぐった後に病院で貰った薬を全て飲んだのだった。

 親も先生もわたしを助けてはくれなかった。けれど、最後に自分を見捨てたのは自分だった。

わたしはギターを掴んで、お気に入りのコードを鳴らした。整ったメロディではない。それでも歌う。初めて自分の感情を表現した歌を。
不思議と言葉はつかえない。ノートにある歌詞を歌い終えて、わたしはその後にこう付け加えた。


だけどどうせ終わるなら
ハッピーエンドじゃなくても
笑い事にできるような終わり方にしたいから

上手く歩けなくて 世界が回って
膝を抱えていたら 遠心力に弾き出された
世界の中心には誰もいないから
何処に居たって問題じゃないのかもね
自分だけは自分を見捨てないために
何もかも笑い事にしようよ


 わたしは薬のシートを拾い集めてゴミ箱に捨て、部屋の外に出た。いつかすべてが笑いごとになる日のために。

東京を知らない君へ

中学二年生の冬の社会科見学のレポート(形式は自由)として書いた小説です。

当時のわたしはチャットの語尾に☆をつけるような中学生でした。使われている記号が厨二っぽいのはそのためです。ご容赦くださいませ。

 

 

†前夜

紅茶を入れようと、ペンを置く。外を見やると外では雨雲がすごい勢いで流れていた。明日は晴れるだろう。晴れて欲しい。明日は社会科見学。早る気持ちを抑えられずに君への手紙を一日前倒しで書き始めた。遠く九州からこの東京へやって来て、大学病院の病室で本を友に過ごす、君。

 いつか退院したら遊びに行けるように、私は、東京を紹介しようと思う。

 

†出発

 社会科見学当日。よく晴れて社会科見学には絶好の日和であるのだが……私の足どりはあまり軽くない。

 なぜか。私はかばん症(川上弘美の『あるようなないような』による。普段からやたらかばんに物を入れる癖。)だからだ。筆記用具なら、シャープペンシルと消しゴムとボールペンと万年筆と定規と蛍光ペンとペーパーナイフと……といった調子でいろいろ入れてしまう。今日もしおりの持ち物以外にほっカイロとタオルとノートと手帳を持ってきている。しかし、それでもいつもより軽いから何か忘れ物をしている気がして不安になるのだ。

 それでも折角の社会科見学。忘れ物は無いと信じて楽しもう。

「いってきます。」

 しかし、最寄り駅の改札で私は気づく。

「あ。定期、忘れた。」

だってしおりに書いてなかった!

 

靖国神社遊就館

 何とかお土産代を削って学校に辿り着き、社会科見学は始まった。

 まわるポイントは三つ。そのうちの一つが神社・仏閣で靖国神社遊就館である。

 電車にしばらく揺られて、乗り換えもした。地図を見ながら九段下の駅から歩き続けると、建物と同じぐらいの高さがある鳥居に出くわした。建物を見る前に鳥居だけで気圧されてしまう。鳥居の赤が鮮やかに見えた。

 鳥居の大きさに負けないくらい本殿に手を合わせる。政治家の参拝で話題になる靖国神社。平和と靖国問題の解決を祈って後にした。

 遊就館の拝観料は300円と調べていたが、券を買おうとしていると、受付の人に声を掛けられて、券を貰った。渡された券には中高生・無料と書いてある。お礼を言って中に入った。(後で知ったことだが、受付の人は私たちを修学旅行生だと思ったらしい。遊就館では修学旅行生は無料になっているのだ。)

 遊就館靖国神社の敷地内にある戦争資料を扱う資料館だ。

焦げた様な跡がある日の丸、歪んだ戦闘機の破片、ボロボロの帽子。ふと目をやった特攻隊員の遺書。生きて帰れないと知りながら、案ずるな、と書いた手紙は大きくなった姿を見られなかった、幼い娘への思いが綴られていた。手紙を書いた人物を全く知らない私でさえ、読んでいて悲しくなる。読んだ家族はどんなに悲しかったろう。大きくなったわが子の姿さえ見られなかったこの人が命を捨ててまで守ろうとしたものは、一体……。考えたら終わらなくなりそうで頭を振った。

 感想を記すノートを見つけて鉛筆をとる。

「特攻隊員の遺書を読みました。どうしてこんなことが起きてしまったのか私たちは今、考え直す必要があると思います。

           東京・中2・女子」

 お土産が何かないかな、と見渡してみるが、ここでしか買えないものはあまりない。唯一限定と書いてあるのはふわふわという自衛隊缶詰パン。しかし食べ物は禁止。どうするか。「これ、かわいい!」

目についたのは紙せっけん。桜の模様のケースに入っている。全く遊就館とは関係ないがこれにしよう。

 思いつきで買ってしまった紙せっけんは私のかばんの中で眠っている。君はやはり呆れるだろうか。

  

靖国神社遊就館

靖国神社の敷地内に

ある戦争資料館。

多くの戦争資料が

展示されている。

 

年中無休 9:00~16:30

♪おすすめポイント

 資料が詳しい。戦闘機や汽車がみられる。

 

科学技術館

 遊就館を後にし、次に向かったのは科学技術館。見たり触ったり、体験しながら科学技術を楽しく学べる博物館だ。

 ここでは東京メトロのパスを見せると一〇〇円割引された。

 社会科見学は平日。しかもまだ午前中。たくさん楽しめる! はずだったんだが……。

見渡す限りの小学生と小学生と小学生と、時々中学生。考えることは皆同じ。どこも込み合っていてとてもじゃないが楽しく体験してはいられないだろう。

作戦を変更して私たちは先に昼食をとった。そして、ほっと一息入れてから、昼食中の小学生たちを確認して見学に出た。

実験、発電、シャボン玉に迷路。テーマパークのような入り組んだ建物の中を冒険した。

目の錯覚を学ぶ歪んだ部屋では吸い込まれそうになったりフラフラしたり壁が動いたり、驚かされた。

放射性廃棄物の最終廃棄シミュレーションゲームではつい熱が入った。ランキング上位でもスコアは八〇万点台。そこに九六万点で断トツの一位を叩き出してしまった。

一通り見学を終えて、お土産を買いに行く。

目についたのはいつか失敗して、リベンジを望んでいた結晶作りキットだった。白い結晶を作るキットを買った。しかし、作るのに必要な五〇〇ccの缶が見つからず、それは私の勉強机の引き出しの中でまだ眠っている。

出発間際にほかの班と会って、割引のことを教えてあげた。

「これ見せると一〇〇円も浮くよ!」

「了解! ありがと♪」

出口にある自販機で炭酸ジュースをみんなで買った。一人が「炭酸飲みたーい。」と言い出すとなぜか私も炭酸ジュースが飲みたくなって、飲み物は買わないつもりでいたのに買ってしまった。爽やかな刺激が歩き続けた疲れを弾き飛ばす。しかし、階段を駆け下りたら炭酸はぷしゅっと音を立ててかなり抜けてしまった。

  

科学技術館

 見たり触ったり楽しく体験しながら科学に親しめる博物館。子供から大人まで楽しめて家族連れにも人気。

 

水曜日と年末年始はお休み。 9:30~16:50

♪おすすめポイント

一日中楽しめる。

科学で遊べる

テーマパークの

ような博物館。

 

†NHKスタジオパーク

 最後は渋谷のスタジオパーク。地下鉄に乗ろうと思ってポケットを探る……切符が、ない。さっきはしゃいで落としたらしい。そこから交通費は自分で賄うことになった。

残額はわずか。定期は持っていない。つまり、一五〇円残しておかなければ、家に帰れなくなるということだ。

 社会科見学最大のピンチ到来。

 泣く泣く二、三枚しかない一〇〇円を使って切符を買った。

 しばらくまた電車に揺られ、気づけば渋谷の雑踏の中に佇んでいた。

「都会……。」

修学旅行生のように呟いて、空を見上げる。ビルが空を覆い隠さんばかりに伸びている。東京名物高層ビル群。君も見たら驚くんだろうなぁ。君のいる病院の周りはあまり高い建物がないから。

 地図を見て、建物を一個一個確認しながら進む。

人、人、人。いつかテレビで見たような、渋谷だった。

 スタジオパークはドラマの衣装が展示されていたり、映像資料のアーカイブスが見られたり、アフレコ体験ができたりする、体験型の放送テーマパークだ。

 アフレコ体験ではおじゃる丸になって歌った。実際に自分たちで吹き込んだアニメーションを見てみた。

「ほれ、おじゃっ!」

腕を振り上げるおじゃる丸が私の声で叫ぶ。思ったよりタイミングも合っていて、いつももとは違うバージョンのおじゃる丸を見ているようだった。

 「ダーウィンが来た!」のコーナーでは顔認証でどんな動物に似ているかを知ることができる。カモノハシに八〇パーセント似ているといわれた。嬉しくない。君はどう思う?

 ソチ五輪体験コーナーでは、カローリング(室内カーリング)とバーチャルでのスキージャンプを体験した。このカローリングというのが難しい! 行き過ぎてしまって狙った通りに行かない。お年寄りに人気のスポーツとだけあって、本当に力が要らないのだ。バーチャルでのスキージャンプはゴーグル型の端末に映像が映し出される。かなり迫力があって面白かった。

 お土産は、資金不足によりなし。

 

☯NHKスタジオパーク

ここにしかない放送体験@NHK

体験型放送テーマパーク

 

第三月曜日、三月一七日

・三一日は休み

10:00~18:00

おすすめポイント

すイエんサー!」

と叫んだり、

「ガッテンしていただけましたでしょか?」

「ガッテン!ガッテン!」が

できたり、一度はやってみたいことが

できる点。

 

†無事帰還

帰りは乗り越し精算をして、渋谷から一本。駅に着くと先生たちが待っていた。全員確認が取れると先生に名簿から顔を上げた。

「それでは、クイズです。」

まさかちゃんと学習してきたかを確認するのでは? 何を見てきたんだっけ……。ええっと……。

「明日は何の日でしょう?」

虚を突かれて、きょとんとしてしまう。明日は?ま、まさか、ばれんたいんでー?

「そうです。明日はチョコレートなど持って来ないように。」

先生、社会科見学のシメ、全然社会科見学と関係ないじゃないですか。なんだかもやもやすると君だってそう思わないかい?

メトロでの出会い

東京メトロ創立十周年記念ショートストーリーコンテストに応募した作品で、中学三年生のときの作品です。

 

 

 久しぶりに来た大手町の駅は乗り換えの人であふれている。私もその一人だ。

 「スカイツリーに行こう!」

みさきが私を誘ったのはつい昨日のことだった。計画性が無いのはいつものことだけど、それにしても突然だった。 混んでるらしいけど行けるの、といった私にみさきはもちろん下までだけど、とぃたずらっぽく笑った。8月から行く、留学のための準備で慌ただしい生活を送っている私を元気づけるつもりでいるのだろう。みさきなりの思いやりだと思う。

「Excuse me.」

階段へ向かって歩き出した私の後ろで声がした。振り返ると背の高い外国のおじさんが立っていた。ヨーロッパかなんかの人だろう。

「Could you tell me the way to the Tokyo Sky Tree?」

確かに私に向けて言っている。聞き取ることが出来たのは勉強の成果だ。でもしゃべることに関してはあまり自信が無い。誰か他の人に聞けばいいのに、と考えかけて私ははっとする。これから留学に行くのにこれくらいできなくてどうするんだ、私。これから先、東京オリンピックの時には外国人に道案内してあげるんだ、とか言ってたのに。

地下鉄一つ乗るのに、ここが外国だから困る人がいる。駅員さんに聞けば教えてくれるのに、この人は私を頼ってくれている。

大きく息を吸って、答える。

「Actually, I’ll go there too. Let’s go together.」

 それから、私はつたない英語を使っていろいろなことを話した。彼はエリックといった。エリックは自分の国のことをいっぱい話した。私は、みさきのことを話していた。年は離れていても、私たちは友達みたいだった。

 地下鉄一つで誰かと出会える。

「みさきー!」

みさきは駅で待っていて、エリックとはそこで別れた。

 これから、もっといいことがありそうだ。

「一つになれないならせめて二つだけでいよう」

SCHOOL OF LOCK!の企画で「一つになれないならせめて二つだけでいよう」をテーマにした作品を募集した際に応募した作品です。当時中学三年生だったと思います。

 

夕闇の中に光が一つ 取り残された教室

この世界に自分たちしかいないみたいで

何度でも踊って 何度でも笑って

時間なんてとっくに過ぎたと思っていたのに

 

呼びかけても届かなくて 遠くなると寂しくなる

すごく近く 手が触れたりして 距離が全然わからないよ

 

少しだけ前の話 二回くらい前の冬の話

冬はまた巡ってくるけど この季節はもう巡ってこないから

暖かい部屋と凍てつく外と 幻と現実 繰り返すみたいに

朝の張りつめた空気が 人の声で割れるみたいに

一人君を見ていた季節は過ぎ去った

 

はっきり言わないくせに 思わせぶりなことばかりするから

今でも君から目が離せないだけだよ それだけだよ

 

少しだけ今の話 少しだけ先の私の話

好きだなんて言えるほども 君のこと思ってないから

伝えても 届かないけど 今更ながらわかったことがあるから

ただ君とずっと話せたらいいって それなら友達でいいって

もうわかってるから 何も言わないでよ

噂は二つ 真実は一つ ただの片思いです

たとえ今 どんな噂が流れても

 

流れても

 

恋じゃないから 両想いとか片思いとか ないのかもしれないけど

君も同じように思っていることを願います

ターミナル(詩)

優等生はやめた
というより所詮は偽物だった
それなら人間をやめたい
なりたいものもないけれど

 

「頑張りなさい」「やればできる」
追い風に転んで 空を見る
迫り来る雨雲 青空は向こう側にしかないの?

 

上手く歩けなくて 世界が回って
膝を抱えていたら 遠心力に弾き出された
世界の中心には誰もいないくせに
こんな歌を歌ったら少しは笑えるかと思ったの
笑いごとになるかと思ったの

 

どうしたら良かったの
抱えていたものは全部がらくた
私を見つけて
最初で最後のSOS 聞こえて

 

「自業自得だ」「過去にすがるな」
追い立てられて 一人は独りになる
走り出す人々を 見送るだけの今日が終わればいいのに

上手く歩けなくて 世界が回って
膝を抱えていたら 遠心力に弾き出された
世界の中心には誰もいられないから
こんな歌ももう終わり
世界の縁(ふち)の小さな出来事

 

だけどどうせ終わるなら
ハッピーエンドじゃなくても
笑い事にできるような終わり方にしたいから

 

上手く歩けなくて 世界が回って
膝を抱えていたら 遠心力に弾き出された
世界の中心には誰もいないから
何処に居たって問題じゃないと思いたい
自分だけは自分を見捨てないために
何もかも笑い事になる日のために