幽霊からの手紙
拝啓
暦の上ではとうに秋ですが残暑に陽炎が揺らめいています。いかがお過ごしでしょうか。はじめまして、私は幽霊です。名は河原健人といいます。普段はあなたのご近所の団地の一室に居りますが、そろそろ夏も終わりですので最後に涼しい手紙でもどうかと思い、こうして筆をとりました。
ところで、あなたが美しいと思うものは何ですか。
突然の質問でごめんなさい。でも僕は美大生だったのでこうゆう質問が好きなのです。
僕が美しいと思うのは、ミロのヴィーナスや、昔の写真に映る人の若さです。空へ続く階段や向こう側のない扉など、建物の一部が残されてできるトマソンという芸術も好きです。つまり、僕が言いたいのは、失われたものは美しいということです。あったはずのものが今はない。というのは無限の可能性を秘めていて、綺麗だと思いませんか。
僕はその綺麗なものになりたかったのです。だから僕はあの日、何の前触れもなしに団地のベランダから飛び降りたのです。
けれど僕はこうして幽霊として残ってしまいました。失われたのは命だけ。僕は綺麗なものになれず、こうして成仏できずに彷徨うばかりです。でも、この手紙を書いたことでどうやら僕も成仏できそうです。僕はこの「綺麗なもの」の話をだれにもできなかったことが未練で幽霊になったようなので。読んでくれてありがとうございました。
ああ、もう時間だ。
まだ暑い日は続きますから、熱中症でうっかりこちら側に来ないようにご自愛ください。
今度こそ綺麗なものになれるように、さようなら。
敬具