東京を知らない君へ
中学二年生の冬の社会科見学のレポート(形式は自由)として書いた小説です。
当時のわたしはチャットの語尾に☆をつけるような中学生でした。使われている記号が厨二っぽいのはそのためです。ご容赦くださいませ。
†前夜
紅茶を入れようと、ペンを置く。外を見やると外では雨雲がすごい勢いで流れていた。明日は晴れるだろう。晴れて欲しい。明日は社会科見学。早る気持ちを抑えられずに君への手紙を一日前倒しで書き始めた。遠く九州からこの東京へやって来て、大学病院の病室で本を友に過ごす、君。
いつか退院したら遊びに行けるように、私は、東京を紹介しようと思う。
†出発
社会科見学当日。よく晴れて社会科見学には絶好の日和であるのだが……私の足どりはあまり軽くない。
なぜか。私はかばん症(川上弘美の『あるようなないような』による。普段からやたらかばんに物を入れる癖。)だからだ。筆記用具なら、シャープペンシルと消しゴムとボールペンと万年筆と定規と蛍光ペンとペーパーナイフと……といった調子でいろいろ入れてしまう。今日もしおりの持ち物以外にほっカイロとタオルとノートと手帳を持ってきている。しかし、それでもいつもより軽いから何か忘れ物をしている気がして不安になるのだ。
それでも折角の社会科見学。忘れ物は無いと信じて楽しもう。
「いってきます。」
しかし、最寄り駅の改札で私は気づく。
「あ。定期、忘れた。」
だってしおりに書いてなかった!
何とかお土産代を削って学校に辿り着き、社会科見学は始まった。
まわるポイントは三つ。そのうちの一つが神社・仏閣で靖国神社・遊就館である。
電車にしばらく揺られて、乗り換えもした。地図を見ながら九段下の駅から歩き続けると、建物と同じぐらいの高さがある鳥居に出くわした。建物を見る前に鳥居だけで気圧されてしまう。鳥居の赤が鮮やかに見えた。
鳥居の大きさに負けないくらい本殿に手を合わせる。政治家の参拝で話題になる靖国神社。平和と靖国問題の解決を祈って後にした。
遊就館の拝観料は300円と調べていたが、券を買おうとしていると、受付の人に声を掛けられて、券を貰った。渡された券には中高生・無料と書いてある。お礼を言って中に入った。(後で知ったことだが、受付の人は私たちを修学旅行生だと思ったらしい。遊就館では修学旅行生は無料になっているのだ。)
焦げた様な跡がある日の丸、歪んだ戦闘機の破片、ボロボロの帽子。ふと目をやった特攻隊員の遺書。生きて帰れないと知りながら、案ずるな、と書いた手紙は大きくなった姿を見られなかった、幼い娘への思いが綴られていた。手紙を書いた人物を全く知らない私でさえ、読んでいて悲しくなる。読んだ家族はどんなに悲しかったろう。大きくなったわが子の姿さえ見られなかったこの人が命を捨ててまで守ろうとしたものは、一体……。考えたら終わらなくなりそうで頭を振った。
感想を記すノートを見つけて鉛筆をとる。
「特攻隊員の遺書を読みました。どうしてこんなことが起きてしまったのか私たちは今、考え直す必要があると思います。
東京・中2・女子」
お土産が何かないかな、と見渡してみるが、ここでしか買えないものはあまりない。唯一限定と書いてあるのはふわふわという自衛隊缶詰パン。しかし食べ物は禁止。どうするか。「これ、かわいい!」
目についたのは紙せっけん。桜の模様のケースに入っている。全く遊就館とは関係ないがこれにしよう。
思いつきで買ってしまった紙せっけんは私のかばんの中で眠っている。君はやはり呆れるだろうか。
靖国神社の敷地内に
ある戦争資料館。
多くの戦争資料が
展示されている。
年中無休 9:00~16:30
♪おすすめポイント
資料が詳しい。戦闘機や汽車がみられる。
遊就館を後にし、次に向かったのは科学技術館。見たり触ったり、体験しながら科学技術を楽しく学べる博物館だ。
ここでは東京メトロのパスを見せると一〇〇円割引された。
社会科見学は平日。しかもまだ午前中。たくさん楽しめる! はずだったんだが……。
見渡す限りの小学生と小学生と小学生と、時々中学生。考えることは皆同じ。どこも込み合っていてとてもじゃないが楽しく体験してはいられないだろう。
作戦を変更して私たちは先に昼食をとった。そして、ほっと一息入れてから、昼食中の小学生たちを確認して見学に出た。
実験、発電、シャボン玉に迷路。テーマパークのような入り組んだ建物の中を冒険した。
目の錯覚を学ぶ歪んだ部屋では吸い込まれそうになったりフラフラしたり壁が動いたり、驚かされた。
放射性廃棄物の最終廃棄シミュレーションゲームではつい熱が入った。ランキング上位でもスコアは八〇万点台。そこに九六万点で断トツの一位を叩き出してしまった。
一通り見学を終えて、お土産を買いに行く。
目についたのはいつか失敗して、リベンジを望んでいた結晶作りキットだった。白い結晶を作るキットを買った。しかし、作るのに必要な五〇〇ccの缶が見つからず、それは私の勉強机の引き出しの中でまだ眠っている。
出発間際にほかの班と会って、割引のことを教えてあげた。
「これ見せると一〇〇円も浮くよ!」
「了解! ありがと♪」
出口にある自販機で炭酸ジュースをみんなで買った。一人が「炭酸飲みたーい。」と言い出すとなぜか私も炭酸ジュースが飲みたくなって、飲み物は買わないつもりでいたのに買ってしまった。爽やかな刺激が歩き続けた疲れを弾き飛ばす。しかし、階段を駆け下りたら炭酸はぷしゅっと音を立ててかなり抜けてしまった。
見たり触ったり楽しく体験しながら科学に親しめる博物館。子供から大人まで楽しめて家族連れにも人気。
水曜日と年末年始はお休み。 9:30~16:50
♪おすすめポイント
一日中楽しめる。
科学で遊べる
テーマパークの
ような博物館。
†NHKスタジオパーク
最後は渋谷のスタジオパーク。地下鉄に乗ろうと思ってポケットを探る……切符が、ない。さっきはしゃいで落としたらしい。そこから交通費は自分で賄うことになった。
残額はわずか。定期は持っていない。つまり、一五〇円残しておかなければ、家に帰れなくなるということだ。
社会科見学最大のピンチ到来。
泣く泣く二、三枚しかない一〇〇円を使って切符を買った。
しばらくまた電車に揺られ、気づけば渋谷の雑踏の中に佇んでいた。
「都会……。」
修学旅行生のように呟いて、空を見上げる。ビルが空を覆い隠さんばかりに伸びている。東京名物高層ビル群。君も見たら驚くんだろうなぁ。君のいる病院の周りはあまり高い建物がないから。
地図を見て、建物を一個一個確認しながら進む。
人、人、人。いつかテレビで見たような、渋谷だった。
スタジオパークはドラマの衣装が展示されていたり、映像資料のアーカイブスが見られたり、アフレコ体験ができたりする、体験型の放送テーマパークだ。
アフレコ体験ではおじゃる丸になって歌った。実際に自分たちで吹き込んだアニメーションを見てみた。
「ほれ、おじゃっ!」
腕を振り上げるおじゃる丸が私の声で叫ぶ。思ったよりタイミングも合っていて、いつももとは違うバージョンのおじゃる丸を見ているようだった。
「ダーウィンが来た!」のコーナーでは顔認証でどんな動物に似ているかを知ることができる。カモノハシに八〇パーセント似ているといわれた。嬉しくない。君はどう思う?
ソチ五輪体験コーナーでは、カローリング(室内カーリング)とバーチャルでのスキージャンプを体験した。このカローリングというのが難しい! 行き過ぎてしまって狙った通りに行かない。お年寄りに人気のスポーツとだけあって、本当に力が要らないのだ。バーチャルでのスキージャンプはゴーグル型の端末に映像が映し出される。かなり迫力があって面白かった。
お土産は、資金不足によりなし。
☯NHKスタジオパーク
ここにしかない放送体験@NHK
体験型放送テーマパーク
第三月曜日、三月一七日
・三一日は休み
10:00~18:00
おすすめポイント
「すイエんサー!」
と叫んだり、
「ガッテンしていただけましたでしょか?」
「ガッテン!ガッテン!」が
できたり、一度はやってみたいことが
できる点。
†無事帰還
帰りは乗り越し精算をして、渋谷から一本。駅に着くと先生たちが待っていた。全員確認が取れると先生に名簿から顔を上げた。
「それでは、クイズです。」
まさかちゃんと学習してきたかを確認するのでは? 何を見てきたんだっけ……。ええっと……。
「明日は何の日でしょう?」
虚を突かれて、きょとんとしてしまう。明日は?ま、まさか、ばれんたいんでー?
「そうです。明日はチョコレートなど持って来ないように。」
先生、社会科見学のシメ、全然社会科見学と関係ないじゃないですか。なんだかもやもやすると君だってそう思わないかい?