形のない足跡

七辻雨鷹(ナナツジウタカ)。マイペースで子供っぽい人のまた別のお話。「ようこそ、カオスへ。」

リカ

筑波大学文芸部アドベントカレンダー2021/12/16寄稿作品です。

少しも筑波大学の人間ではないのですが、

参加できる方
・現部員
・元部員
・OB・OG
筑波大学文芸部に友人がおり製本や校正を手伝わされている方
筑波大学文芸部の人間の作品を読んだ方
など
自分は筑波大学文芸部関係者だと思っている方は誰でも参加できます。

とのことでしたので、参加いたします。文フリで手に取って以来神乃さんのファンなので。

カニのやりとりをしてくださる神乃さんはこちら→https://twitter.com/kanno__no

そんな神乃さんのお好きなテーマが「ココアシガレットキス」だと伺ったので、「ココアシガレットキス」がテーマの作品を書きました。普段、酒とタバコとセックスは禁じ手にしていますが、今回はお許しください。セックスして朝になって机の上のぬるいストゼロを飲み干してタバコ吸ってエモ……みたいなやつじゃないのでよし

 

 

 

 3月の頭に早々と高校を追い出されて、わたしはその後に合格発表、リカに至っては試験日と被って卒業式に出られないという始末だった。最後にもう一度制服を着て、学校を見下ろせる公園の丘で卒業式をしようと言ったのはわたしだった。

 運動部が活動していないだけで公園は随分静かだ。希望の象徴のように咲いては散った桜。1時間目を切ってぼんやり漕いでいたブランコ。課題と必死に格闘した斜面の傾いたベンチ。そして、タバコを吸っていたトイレの裏の植え込み。

「明日には、もうここにはいなくて、全部お別れで、要らなくなったね。」

そう言ってリカは学生鞄の底から潰れたタバコの箱を取り出した。ビニールフィルムごとぐちゃぐちゃになった箱を紙袋に入れる。わたしも、随分お世話になった電子タバコのリキッドを紙袋に入れた。これを帰りに駅のゴミ箱に捨てる。もう卒業だから要らないのだ。

 金髪で問題児だったわたしが喫煙的行為を始めたのがリカの影響だったなんて、誰も思わないだろう。中学は散々内申で脅されたから、高校に入ってすぐに髪を染めた。両親が離婚したとか、第一志望じゃなかったとか、理由ならいくらでも用意できた。ちょっと成績が良いだけで近づいて来る中学の教師よりも、家庭の事情だとか成績日数だとかを気にかけてくれる高校の教師の方が信頼できた。

 リカは校則を守って勉強も部活も熱心で、模範的で、側から見ればわたしとは真逆だったはずだ。でも、わかるのだ。高校で変わらないままだったとしたら、わたしはリカだったのだ。

「もう、こんなところでいい子じゃなくて良いもんね」

紙袋の口を2、3回折って、ぐしゃぐしゃに握りつぶしてポケットに詰め込んだ。西日が眩しい。

 


 一年の2学期、確かその日はクリスマスイブで、終業式の後の追試はなかなかサイアクな予定だったと記憶している。帰りたくなくて公園を隅々まで歩いていたとき、少しタバコの匂いがした。喫煙所とは別の方向だったから何となく振り返った。同じクラスで確か成績は学年トップでの山部リカが植え込みにしゃがみ込んでいる。……リカは地面に置いたタバコを燃やして手を合わせていた。

「なにしてんの?」

「別に」

「タバコの葬式?」

「葬式じゃないけど……狼煙。死んだじいちゃんへの」

リカはスカートの裾を払って立ち上がった。

「おじいちゃん、タバコが好きだったの?」

「まあね。全然知らない土地からの煙でも、好きなタバコだったらきっと気づいてくれるから。……あの、言わないでね?」

リカの目つきが俄かに鋭くなる。大人に睨まれるのは平気なのに、このときは少し緊張が走った。

 わたしは二つ返事で了承して、理由が欲しくて電子タバコを始めた。ニコチンは入っていないが、水蒸気で狼煙に加勢出来る気がした。もちろん、それは気のせいで、どちらも瞬く間に空気中に拡散してしまうのだが。

 


斜面の傾いたベンチに座ってわたしたちは西日に背を向けた。

 「あのさ、リカ、合格おめでとう。全部落ちてそこだけ合格するとか、結構リスキーなことやるよね。」

「まあね。あの人たち、勝手に色々受けさせるんだもん。じいちゃんに放り投げておきながら今更あれこれ言われても、さあ。」

高校の教師陣は一様に驚いたはずだ。学年トップクラスの秀才が全部不合格で帰ってくるなんて。実際、卒業式前に教員室を通りかかったときも騒然としていた。

「でもこれでやりたいことできるし。じいちゃんとこも墓参りできるし。久々に東京近辺に戻れるし。」

リカはカバンの底をガサガサと漁って小さな箱を取り出した。タバコか?! と身構えたわたしをリカは笑う。

「いや、もう必要ないでしょ。健全に、あの頃へ戻ろうぜ」

手に握られていたのは紺色の箱、ココアシガレットだった。最後に食べたのは小学校の遠足だったか。こんなに小さな箱だったか。

「懐かしい。でも、少しだけ大人になってみない? ほら、シガレットキスってやつ」

「去年一緒に見た映画の内容まだ引きずってるの?」

「だめ?」

「いいよ」

少しくすぐったい気持ちでココアシガレットを咥える。慌てるほどではないが、あまりのんびりしていると咥えたところが溶けて噛み砕いてしまいそうだ。

 滑らかに硬い端がコツン、と当たる。

 火が染みるような柔らかさはなくて、ココアシガレットキスは乾杯に似ていた。明日にはいなくなるリカに祝福を思わずにはいられない。それなのに、未来の話をしようとすると胸で、喉でわだかまって言葉にならない。ココアシガレットを噛み砕けないでいる時間がリカとの距離と比例していく。

 わたしは咥えていたココアシガレットを口から離した。

「あのね、わたしね、通信で東京の大学に行くの。今すぐには無理だけど、来年から、いや、秋からスクーリングがあるから、リカのところに行くよ。会おうね。」

リカはココアシガレットを噛み砕いてニカっと笑った。西日が逆光になっていて、やはり眩しかった。

「わかった。約束だよ?」

 


わたしはココアシガレットを買って会いに行こうと心に決めた。リカがもし変わってしまっても、今日のことを思い出してくれるように。

リカは、いい子の仮面を捨てて、きっとすぐに変わってしまうだろう。わたしの憧れではなく、掃いて捨てるほどどこにでもいるような大学生になってしまうかもしれない。もともと東京に住んでいたのだから、きっとすぐに慣れていく。

 叶うなら、リカの住む先の、コンビニやスーパーや商店街にココアシガレットがありますように。その度にわたしを思い出しますように。