遅いクリスマスの話
気象庁がトウキョウに十センチの積雪を観測したころ、私は制服の上にコートを着て、マフラーを巻き、普段より少し軽いかばんとお気に入りの傘を持って外へ出かけました。
いつもより三十分早く出て余裕を持っていくように言われたのに、私は三十分早く出て、公園への寄り道を決めました。家のすぐ近くの公園は白く深く覆われ、いつもよりいくらか落ち着いて見えます。
雪の上には足跡ひとつなく、辺りは静けさに包まれていました。雪は音もなく降り続けています。一歩踏み出すと深く沈み込んで、私はその下の地面の硬さを知りました。
カラフルな遊具は一面の白の中で色をのぞかせていて、木々にも雪が積もり、地面にはならされたように均一に積もっています。きれいだな。この景色は知っている気がする。記憶の中に似たものがあるような……。
こんなに雪が積もったのを見たのは初めてなのに、なぜ知っている気がしているのでしょう。しばし考えて、私は気づきました。
これは、まるで、クリスマスケーキだ。
遊具はまるで飾りの果物や、ろうそくや、砂糖菓子に似て、木々は粉砂糖のかかった飾りみたいです。
私は自分の考えに呆れて、思わず笑みを浮かべていました。確かにこんなに積もった雪は初めてで、すごいと思うにしてもクリスマスケーキみたい、だなんて。年もとっくに明けているのに何を言っているんだろう。
クリスマスは楽しかったなぁ。……今年は初めてサンタクロースが来なかったっけ。もう、「大人」だと思ったのか、それとも「悪い子」だと思ったのか、どっちだろう。
ずっと公園に一人たたずみ、そんなことを考えていると、いつの間にか私の肩にも雪が降り積もっていました。ずっとそこに立っていたのです。私も砂糖菓子の一つになってしまうのでは……。ふと、いやな想像が脳裏をよぎりました。
そのときでした。
「メリークリスマス。」
ふいに耳元でささやかれたような気がしました。振り向いても誰もいません。なんだか空恐ろしくなって、早くこの場を離れようと思いました。雪に埋まって足がうまく動きません。しゃん、しゃん……とかすかに鈴の音が聞こえていました。
私は駅へ走りました。早く早く雪のないところへ、人のいるところへ。ビルは白くなって、看板がカラフルな飾りになって、街路樹には粉砂糖がかかり、人のまばらな朝七時。耳の奥で鈴の音は鳴り止まないままでした。
やっとの思いで駅に辿り着くと、人もいつものようにいて、外のことなどまるで知らないようでした。指先の冷たさがじんわりと痛みとなって伝わってきました。寒さの中必死で気付かなかっただけで、息も上がっていたし、指先も冷たくなっていたのです。
電車に乗ると外の景色も、それをクリスマスケーキみたいだと思ったことも、まるで嘘みたいで、私はかばんから本を取り出して読んでいました。電車の中は守られていて、別の世界でした。
学校の周りは洒落た建物が並ぶ住宅街です。それらが雪で飾られたらどんなにきれいだろう。でも、見てはいけない。砂糖菓子の一つになってしまう。
学校まで走りました。聞こえるはずのない鈴の音は聞こえるはずがないのです。クリスマスにはまだ早すぎて、もう少し遅いのですから。息を切らして、指先を冷たくして、それでも校門に辿り着ければこちらの勝ちです。
……そのはずでした。
一番大きくて、広い地面も木もあって、クリスマスケーキにぴったりの建物は何でしょうか。
私は、学校だと思います。
真っ白な雪に支配された景色に心を奪われて、私は立ち尽くしていました。指先が冷たく染まっていきました。
「メリークリスマス。」
それからのことは覚えていません。気がつけば教室で自分の机の前に立っていて、机の上にはプレゼントが置いてありました。
誰がこんな時にプレゼントを……。包装紙を破らないように開けると、薄桃色の手袋でした。そういえば私は手袋を持っていませんでした。指を切るような痛みもそのためです。
添えられた真っ白なカードに書かれた文字は――Santa。
――君は「悪い子」じゃないよ。ただ、君は今あるものにすごく満足しているように見えて、何をあげたらいいか最後まで決まらなくてね。だから今日は君のための雪だよ、手袋をして楽しんでおくれ――。
そんな声が聞こえているように感じたのは気のせいでしょうか。鈴の音ははじまりと同じようにいつの間にか鳴りやんでいました。
これが私の遅いクリスマスの話です。
島取り
手始めにお気に入りの作品を。
この作品は中学2年生の夏に書いたもので、たった2000字に1か月以上かけたのを覚えています。総編集時間は17時間以上にも上りました。その甲斐あってか、Z会の交流誌にも掲載され、図書カードも頂きました。(*'▽')
もう3年も前になるのですね。そろそろまたこういう話をこれ以上のクオリティで書きたいものです……。
島取り、という遊びをご存じだろうか。まずいくつか並べた椅子・机の上に2つのチームに分かれて乗る。それから、2チームの代表がじゃんけんをし、勝った方が負けた方の机を一つずつ減らしていく。机・椅子から一人でも落ちたら負け、という遊びだ。
ただの遊びだといえば、その通りだ。しかし、そのただの遊びで、とある中学生たちは火花を散らして競い合っていた。
きっかけは、担任教師の一言だった。
「今日、授業したくないなー。誰か授業したい人、いるー??」
その日は午前中テストだったから、終わってもこれから始まる採点の苦労を思うとそんな言葉も出てくるのなのだろう。本来はそれでも授業をしなくてはならないが、テスト疲れでやる気がないから異を唱える生徒もない。
すると、一人の生徒が周りをぐるりと見渡して手を挙げると、自信たっぷりに言った。
「先生、オレがやります。」
いいよ、と担任は手をひらひらさせて適当な返事をしたが、内心は「やっぱり来たか。面白くなるぞ。」と彼の行動に期待していた。彼はクラスのムードメーカーで学級委員だ。
彼は前に出て黒板に書かれたテストの時間割の「社会」の文字だけを残して消した。それから大きな字で「源氏vs平氏 水島合戦」と書いた。そして教卓に手をついて言った。
「じゃあ島取りをしましょう!」
彼はそう言うと、自分の言い放った言葉を味わうようににやりと笑った。
「おおっ、いいぞー!」 「賛成―!」
次々と歓声が上がる。多数決を取る必要がないのは明らかだった。眠いだのだるいだの帰りたいだのさっきまでそれぞれ勝手なことを思っていたみんなの心は一つになっていた。
「よし、なら女子対男子で勝った方が掃除免除ってことにしよう。」
それまで黙っていた担任も口を挟んだ。
「掃除免除」という言葉に場は一気に盛り上がり、準備はあっという間に進んだ。全員が机に上がると、少年は叫んだ。
「これより女子対男子、源平合戦を開戦する!!」
こうして島取りが始まった。
男子チームは思い思いに座っている。一方、女子チームがバランスよく座っている。それぞれ考えがあるようだ。
一回目、二回目、四回目と男子側がじゃんけんに勝つ。しかし、もともと散っていた女子側は余裕の笑みさえ浮かべている。そしてじゃんけん女王の異名を持つ者が立ち上がった。女子側の反撃は始まった。
みるみるうちに男子側の机が減っていく。
男子側の勝ちの頻度もどんどん減っていく。
すいすい逃げ回り、臨機応変に難を逃れてきた男子達だが、次第に追い詰められていった。
そして、じゃんけん女王がとどめを刺した。
あまりの人口密度に一人の男子生徒がぐらりとよろける。それは、一瞬の出来事だった。
「ああっ!落ちたぞアイツ!」
女子側の勝利が決まった瞬間だった。わぁっと喜びの声が上がる。
しかし、授業時間を使った禁断の島取りがこのままただで終わるはずがなかったのだ。
ガラッと戸を開ける音がした。その場にいた全員がとっさに振り向いた。それは学年主任だった。ちょっと騒ぎすぎただろうか。
「君たちは何をやっているんだ?」
「………。」
冷たい沈黙が訪れた。
「先生、何ですか、これは?」
「あの、これは、その、ええと……。」
いい答えが浮かばず、担任は口ごもった。「先生、これは源平合戦の再現です。」
答えたのは例の学級委員の少年だった。
「水島の合戦で平氏は舟同士をつけていました。」
説明しながら少年は女子側を指さす。
「でも木曾義仲率いる源氏は舟を離していたのでこのように舟から落ちて溺れた人もいました。」
少年は次に男子側と落ちた生徒を指さした。
「…とまぁ、みんな源平合戦についてよく知らないので、このような活動で理解を深めることになったのです。」
少年は歯切れよく話していたが、握りしめたこぶしが緊張のあまりふるえていた。
学年主任はぐるりと教室を見渡してにっこり笑った。
「先生、二年C組は良いクラスですね。」
学年主任は、教室を後にした。
その後はというと、当然女子は掃除を免除され、少年は「クラスの(担任の)危機を救った」として担任から表彰された。落ちた男子生徒も彼の説明を助けたということでどういうわけか掃除免除になった。それからしばらく、少年の活躍は語り継がれたのだった。
*因みに、学年主任の先生が来る前のところまでは実話です。楽しかったなぁ、2年C組。担任も面白い人でした。先日世界一周に出掛けてしまいましたが。